とつげき★マトはどこだ?(後藤くりこBlog)

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来春からの就職先が決まりました。詳しいことを晒すのは(晒すかどうかも含め)もうちょっとおちついてからということで、ひとまずアプリケーションの開発に携わるお仕事関係です。 文系出身、女、SE 3点揃ってますが、死なないように頑張ります。まずは勉強ですねえ、ということで今後はコメントも何もつけられんくらい無知だけれど、なんか今後ストックしていったらタメになるかも?的な記事などをストックするツールにもここを使っていきます。 ディベート関係の方(いるかはしらん)は、興味なければガンガン読み飛ばしていってください。 さてまずは基本情報の勉強始めました。まるでちんぷんかんぷんですがひとまず過去問解いてみます。テキスト適宜参照しながら。

みなさんは日々のスケジュール、どう管理していますか? 私は全てをgoogleカレンダーにぶち込み、それとgalaxy s2に入れてる『ジョルテ』とを同期して生きています。つまり、私の生活はgoogle中心に回っている。 そんななか、以前Xperiaユーザーでgoogleカレンダーのデータがぶっ飛んだという事件が起きました。Google カレンダーのデータがすべて消えました。Xperiaに同期して使ってましたが、いつの間にかデータが消えていました。助けてください。 いやべつにこんなことが起きてなくっても、サービスはいつか停止するかもしれないですし(まあ、停止ならデータがいきなり消失することはありませんが)もっとひどい場合には、突然忽然と消えてしまう、なんてことも起こりうるわけです。 そんなとき、自分のスケジュールを総てgoogleに委ねておくことの怖さは計り知れません・・・ googleが死んだ時には私も死ぬ・・・そんな事態は絶対に避けたい。   ということで、googleカレンダーをローカル環境にバックアップするソフトを導入しました。クロノス・クラウンで提供されている『Googleカレンダー自動バックアップ』です。 導入方法も上記リンク先に書いてありますが、非常に簡単なので、私が特に何かを説明する必要はないように思います。これによって、googleカレンダーをiCal形式で簡単に保存できるようになります。 そしてこのソフトの更にエラいところは、設定を変更すればWindows立ち上げと同時に『自動』でバックアップをするような設定にすることも可能なところです。 手動だとどうしてもバックアップを忘れてしまって、結局バックアップをとれていなくて困る・・・なんてこともあると思います。自動なら、極限までそのリスクを減らすことができる。これは便利!

初めて知った。最近、アウトプット増やしていくためにはインプットを『適切な形でアウトプットにする』訓練しなければなーとおもって日経TESTの勉強しているんですが『【増補版】論点解説日経TEST』で『時をかける少女』が「ブログが広げた商品展開の輪」の例として紹介されていた。 2006年夏に公開されたアニメの話題作は スタジオジブリ『ゲド戦記』 フジテレビが中心となって作った『ブレイブストーリー』 角川書店が中心となって作った『時をかける少女』 他の2本が潤沢な資金と媒体を使い大宣伝をかけていく中、『時かけ』は宣伝費にはあまり予算をかけなかった。代わりにとった宣伝方法が『ブロガー30人をあつめ、 ブロガーのためだけの試写会を行う』という方法。 今では当たり前のように考慮されているインターネットを使って消費者を巻き込み、商品をヒットさせるという販促方法。まさか『時かけ』がきっかけになってるなんて知りもしなかった。 『時かけ』については、リアルタイムで見に行きました。友人の影響で。私自身はそれが面白いとも知らなかったし、宣伝も見たことがなかったんだけど、ひとまず友人が『おもしろい』といったから見に行きました。 で、見ました。高校2年の時だったかな。その時は、正直、なんにも感じなかった。疑問点の多い、なんでこんなふうになるの?なんで?なんで?なんで?という映画だった。一緒に見に行った妹は面白かった、といっていたんだけど。 その後、大学に入学してすぐの頃、改めて見ました。後半は泣きながら見ました。なんで、私は、高校2年生の時、これを面白いと思えなかったのだろう?これを、凄く深いと思えなかったのだろう? 今見てもまだ、疑問点はたくさんある。でも、今ならこれを面白いと思える。  

くりこです。なんか最近愛機Dynabook TXのキーボードの調子が悪くって、タイプはほぼサブのvaio-xを活用中です。   以前私は茂木健一郎さんの『脳を活かす勉強法 - 奇跡の「強化学習」』を読みました。もう、3年くらい前かなあ・・・?茂木さんは 『現代における最高学府は、インターネット上にあるといっても過言ではない』 と記されてました。しかし、ほんとうに、そうなのかなあ・・・?文脈的『最高学府』の知識のストックとしての側面を強調してこのようなことをおっしゃったのだとはおもいつつも、「インターネットがあればなんでもOK」はなんかちがうなあ・・・。 そのもやもや感が払拭されたのがこれ。 暇人\(^o^)/速報 : 【議論】“いつでもどこでもネット”時代、人は賢くなるのか、アホになるのか 分かれる2つの見方  書いてあること自体はお読みいただければわかると思うので敢えて書きませんが、やっぱり『頭がいい』は知識量だけでは決まらない。 かなりざっくりわけていくと頭がいい感じになるには 1、適切な知識 2、適切な思考 3、思考やじっくり腰を据えることを厭わない精神 が必要。だがしかし私は賢くないので上記1~3はMECEではない。むしろ順序としては3→2→1の順に備わっていくものかも。何かを考えるベースとする知識は、ただなんでもいいからありゃいいというもんではなく、その考えるのに必要な『適切な』ものが必要であるし、当然ながら思考力が必要。 このうちインターネットで補えるのって 1、適切な知識 のうちの『一部分』にすぎない。インターネットには情報はたーーーーっくさんそりゃあもうものすごく重要なものからものすごくどうでもいいものまであふれてる。これは、やっぱりインターネットの特性。インターネット様様。 でも、そこから必要な情報を持ってくるのには、やっぱりその人自身の能力が必要だと思うんですよね。 ・そもそもそれを考えるためにはどのような情報を得る必要性があるのか ・どこをどう探せばその情報に出会えるのか ・それらしき情報を見つけたとき、その情報を信じてよいかどうか ・その情報を自分のものとする、『知識』とすることができるか   そしてさらに思考力。これはその知識をどうあてはめ、どういう方向性へと展開するのか。ここに関しては、おそらくインターネットはあまりいい助けとはなってくれない。インターネットには、すでに今までになされたものの「ハウツー」「ノウハウ」は蓄積されているけれど、いままでにないものはない。知識を超える「思考」については人間が自ら行う必要性がある。   そして説明としては最後になるけれど、実は上記2つのベースともなるべき「思考やじっくり腰を据えることをいとわない精神」これマジで重要だと思う。そして私自身、結構ここは弱い。 ggrksという言葉が言われるようになって久しいし、実際、大概のことはググればでてくる。もはやググればいいんじゃね?そっちが簡単だし。 泥臭く頑張ることをしなくても、インターネットで探せば簡単。 なんだろう、頭では「思考やじっくり腰を据えること」によって身に付く能力とインターネットでできることは違うってわかってるんだけど、インターネットが便利だし手軽にいろんなもの(知識だけでなく友人や、虚構の名声も)が手に入れられてしまうから、もう、じっくりやるのがわずらわしくなってしまっているんだよね。 でも、これ、いくない。ほんと、いくない・・・ インターネットに限らず、基本的には簡単に手に入れられるものって天賦の才によるか、虚構かのどっちか。つーか、9割9分9厘後者。 つまり、自分に簡単に手に入れられたものはほぼすべてほかの人にも簡単に手に入れられるものだし、そんなものに大した価値はない。   やっぱ人間ちゃんとコツコツやんなきゃですよね。 という9割9分9厘自分宛てのお説教。

くりこです。私の愛読しているブログで「飲み会1回分の尺度」について取り上げられていたので私も書いてみようと思います。ただし、私の書くのはお金のない『学生の視点からみた』飲み会1回分の尺度。3000円なんてドブに捨てて構わないよ、3時間という時間のほうが重要、というかたは回れ右していってください。 349 飲み会1回分という尺度 『化学系メーカー研究職です』 上記のブログにおいては 『勝間さんの本の中で「5000円以下の本は迷わず買う。飲み会1回分と思えば高くない」というフレーズがあるらしいのですが、それを聞いたときにハッとしました。本にしてもアプリにしても、飲み会1回分よりも価値があると思えれば、すぐに買っちゃってもいいんだなーと。』 って書いてありました。いや、確かにそうでしょうよ。お金にまったく困ってなくって3000円くらいならドブに捨てても構わない人なら。でも、一般人なら、3000円をドブに捨てられない人なら、やっぱそうともいかないと思うんですよね。 そもそも本を買おうと迷うとき、迷うならやっぱり「迷わず買う」じゃなくって迷うべきだと思います。3000円、3時間でできることは意外とたくさんあります。そもそもなぜ飲み会3000円は3000円払って3時間を無駄にしているという考え方はするのに、その本を「迷わず」買っていらなかったとき、3000円と3時間をドブに捨てたという発想にはならないんでしょうか? そもそも、本当に飲み会って時間の無駄でしかないの?? たとえば、大学時代の友人はかけがえがない、なんて話はあります。そういう関係性って、利害関係とか損得計算とかを抜きにしたものによって形成されるものなんじゃないんでしょうか??そういった友人関係は大人でも変わらないと思います。ただの『3000円』で考えちゃっていいのでしょうか??   いま一度、冷静に考えてみようよっておもった。     (執筆:115~20分/文字数793字)

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